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大阪高等裁判所 昭和62年(く)114号 決定

少年 N・M(昭46.10.17生)

主文

原決定を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所堺支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。論旨は、要するに、原決定の処分が著しく不当である、というのである。

よつて検討するのに、原決定は、さしたる前歴もない年齢15歳の少年による交通関係の非行につき、少年を初等少年院に送致するものであるにもかかわらず、「処分の理由」欄の説示が極めて簡略であるので、原決定の引用する少年調査票(意見・初等少年院送致相当)、大阪少年鑑別所長作成の鑑別結果通知書(結論は右に同じ。以下、「鑑別結果」という。)等を含む関係記録に基づき考察してみるのに、まず、本件各非行事実の内容は、当時、暴走族グループOの構成員であつた少年が、(1)早朝の国道310号線路上において、右構成員ら約50名が自動二輪車約20台を連ねて暴走行為(いわゆる共同危険行為)を行つた際、同グループのリーダーA運転の自動二輪車後部に同乗してこれに加わり、(2)その約2月後、自ら単車を無免許で運転して、友人らの単車8台とともに走行中、右グループの他の単車がセンターラインにはみ出すなどして停滞車両を追い越して行くのに、自らは運転技術に自信がないため、歩道上を走行するなどして右グループに追いつこうとし、左側歩道上から路外の駐車場へ進入したところ、右歩道上から突然走り出した当時8歳の男児を避け切れず、自車右側を同児に衝突させて約7日間の加療を要する右上腕打撲擦過傷等の傷害を与えたほか、他に無免許で第一種原動機付自転車を1回運転したというものであるところ、少年には本件の約1年前にも、原動機付自転車の無免許運転による不処分の前歴が1回あること、少年は、中学校を卒業直後の3日間を除いては稼働の経験がなく、その交友関係も中学校の先輩である暴走族グループに限られており、両親に無断で先輩から単車を購入したりもしていることなどに照らすと、少年の関心の重点が単車に向けられており、その交通規範に対する遵守意識は之しく、単車に関連する非行への傾斜を深めつつあつたこと、保護者の監督が十分ではなかつたことなどは、前示の少年調査票及び鑑別結果の指摘するとおりであると認められる。

従つて、「少年の健全な育成を期するためにはその性格、これまでの行状、環境等にかんがみ」少年を初等(交通短期)少年院に収容して指導訓練を施すのを相当と認めた原決定の処分は、一見首肯し得るように考えられないでもない。

しかし、前示のとおり、本件は、中学校を卒業して間もない15歳の少年による交通関係の非行であつて、少年には、前示の原動機付自転車の無免許運転で1回不処分にされた以外に処分歴が全くないこと(少年鑑別所に収容されたのも今回が初めてである。)などの特異な事情も存するので、要保護性(特に、収容処遇の必要性)については、慎重な判断が必要であると考えられるところ、記録によれば、少年は、暴走族グループ内では最年少者で特段の役割も果しておらず、所属期間も約3ヶ月間と短いこと、暴走行為(共同危険行為)に参加したのも今回が初めてであつて参加の態様も追従的であること、交友関係が暴走族グループに限られているのは、同学年の者にシンナーを吸う者が多く、少年は意識的にそれらの者を避けていることにもよること、前示(2)の非行における過失は、決して軽いとはいえないが、幸いにして、結果は、軽微なものに止まつたこと、本件当時少年は、高校受験に失敗し、いつたん就職した会社にもなじめず、将来の目標を欠いた不安定な状況下にあつたが、その後、姉に付き添われて就職の面接試験を受けたりして就職のための努力をしており、本件で警察に逮捕(同年8月18日)される直前には、実父が捜してきた親戚の土建会社に就職することが決つていたことなどの事実が認められ、これによると、本件非行は、所論指摘のように一過性のものであるとまではいえないにしても、保護環境のいかんにかかわらず、いま直ちに、施設への収容処遇を必要とするほどの強い要保護性を推測させるものではないといわなければならない。(ちなみに、(1)の共同危険行為の際の少年が同乗していた単車の運転者で、前示の暴走族グループの会長でもあるAは、その前歴、非行内容、要保護性を全体的に観察すると、少年と実質上大差がないにもかかわらず、交通保護観察に処せられている。)

そこで、進んで、少年の保護環境についてみるのに、前示のように、従前保護者に、少年に対する監督不行き届きの点が存したことは否定し難いところであるが、他方、記録によれば、少年は、実父母(実父は、40歳、不動産販売会社勤務、実母は、42歳、薬局店員)と実姉(19歳歯科医事務員)の4人家族であつて、隣家には父方祖父母も居住し、保護者の側に、少年の本件非行当時、前示のような監督不行き届きの点があつたことは別として、その家庭自体の保護能力に根本的な欠陥があるとは考えられないところ、実父は、本件発覚以来、単車を処分し、前示(2)の被害者に対し損害賠償をして示談を成立させる一方、前示の少年の就職先に、本件を明かした上で、直ちに勤務が出来るように交渉するなど、少年の環境の整備に努力していること、少年の保護者は調査、審判を通じて一貫して少年の社会内処遇を強く希望し度々鑑別所に少年の面接に行くなど、少年を更生させるための意欲を示していること、(なお、審判後も、隣家の保護司に私的に、少年の指導、監督を依頼し、同人からその確約を得、さらに同人からその旨の上申書か当審宛に提出されている。)などの事実が認められる。これらの事実は、少年の保護環境が、原決定の時点においてすでに、本件非行の発覚によつて問題の所在(後記の鑑別結果指摘のすべてについてではないにしても)に気づいた保護者の努力で、非行当時とは格段に改善されていたことの徴憑であるといわなければならない。

もつとも、少年の保護環境については、前掲鑑別結果により少年の家族相互間の交流が乏しく、祖父母と父母が交互に少年の養育を行つていて、一貫した躾に欠けたことや、少年の部屋が離れにあつて父母の注意が届きにくいことが、少年の中学生時代の非行化に歯止めをかけることを困難にした旨の指摘がされている。しかし、右に指摘された保護環境に関する問題点も、保護者の努力により解消され得ない性質のものではなく、また、収容処遇の必要性についても保護環境のいかんによつて検討する余地のあることは、前説示のとおりであるから、原審としては、右鑑別結果の指摘する問題点が、現実にどの程度改善されたのかを、調査官による調査及び審判を通じて明らかにし、その改善に見るべきものがなく、社会内処遇によつては少年の更生が期待できないと認められる場合でなければ、収容処遇の必要性ありと断ずべきでなかつたというべきである。しかるに、本件においては、右の点に関する調査官の調査及び審判廷における審理は、甚だ簡略なものであつて、前示のとおり、非行発覚時に比べ保護環境が格段に改善されたことを窺わせる事実を記録上認め得るにかかわらず、これらの点を意識した調査、審理は、全くなされていない。

そうすると、右のような不十分な調査・審理に基づき、少年に対し直ちに初等少年院送致の保護処分を言い渡した原決定はその処分が著しく不当であるといわなければならない。論旨は、理由がある。

よつて、少年法33条2項少年審判規則50条により、原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野間禮二 裁判官 木谷明 生田暉雄)

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